ナショナルマロリーについて

“ナショナルマロリー電池株式会社”はP.R.マロリー社(現・デュラセル社)と松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)が提携して出来た電池メーカーです。自分が電池コレクションを行っている上で気になっているこのナショナルマロリー社のことをわかった限り書いておきます。

●P.Rマロリー社とは?
P.Rマロリー社は水銀電池を開発したことで知られる科学者“サミュエル・ルーベン氏”と“フィリップ・ロジャース・マロリー氏”により設立された会社です(社名はマロリー氏に由来)。同社は1942年、第二次世界大戦中の軍事使用のために初めて水銀電池を発売し、最初は水銀電池を主力として販売していました。松下がP.R.マロリー社と提携したのも水銀電池製造のノウハウが欲しかったためと考えられます。
ここあたりのP.R.マロリー社(現・デュラセル社)創立の歴史は英語版ウィキペディアに詳しいです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Duracell(デュラセル)
http://en.wikipedia.org/wiki/Samuel_Ruben(サミュエル・ルーベン)

その後水銀電池に使われている水銀が環境に悪いことが判明し、その代替技術としてアルカリ乾電池つまり、のちのブランド「デュラセル」を開発し、そちらを主力事業として転換していきます。

●そしてナショナルマロリー
P.R.マロリー社と松下がナショナルマロリー電池株式会社を設立したのは1965年、「ナショナルマロリーアルカリ乾電池」としてナショナル初のアルカリ乾電池が発売されるのが1967年でした。その後、P.R.マロリー社との提携を解消、松下電器産業の電池事業部とナショナルマロリー電池株式会社が合併して発足したのが松下電池工業株式会社です(ウィキペディアによる文献)。現在は松下電器産業はパナソニックへ社名変更、松下電池工業はパナソニックの社内カンパニー、エナジー社になって現在に至っています。

自分が持っているナショナルマロリーの電池の一部を紹介します。一応、これがメインコンテンツです。
PX-30

アルカリボタン電池PX-30(2LR53)です。PX-825(LR53)を2個直列で接続した構成電池です。そのため+極にはPX-825の刻印が見えています。ナショナルマロリー時代の電池は水銀電池はよく見ますが、ポピュラーな単1〜単3以外のアルカリ電池はレアなのではないでしょうか。ナショナルマロリーのロゴもポイントですね。022と言う印刷は恐らく1972年2月製造?
H-2D
こちらは水銀電池。比較的ポピュラーで見ることも多い、H-2D(2MR9)です。中古で購入したワイヤレスマイクの中に入っていました。これもMR9が2個直列に接続された構成電池です。上のPX-30もこの電池も謎の特許番号242718が書いてありますが、特許電子図書館で調べても無効でした。こちらは063。1973年6月製造?

●ナショナルマロリーの取り扱い製品
ナショナルマロリーが扱っていたのはP.R.マロリー社の技術供与を受けていたアルカリ電池(上記PX-30からアルカリボタン電池もである可能性が高い)と水銀電池ですが、興味深いのは“充電式アルカリ電池”を発売していたと言われることでしょう。

CQ出版社のトランジスタ技術の1997年5月号に掲載された記事、「充電式アルカリ電池の評価実験」によると、
1959年に開発されて、日立マクセル(株)、ナショナルマロリー電池(株)(当時)が製造していました。保存劣化が少なく、安価でしたが、過放電、過充電に弱く、充電サイクルが20〜40回程度と記されています。
、と書かれていました。この文自体も1978年に発行された電気書院「電池ハンドブック」と言う本の抜粋のようです。開発が1959年ということはナショナルマロリー設立前から存在、ニカド電池が1960年代初頭なのでそれ以前に開発されていたことになります。

電池に充電という文化が根づいているとは思えない1960年代に充電式電池が既に存在していたというのは意外ですが、通常のナショナルマロリーアルカリ電池も入手困難なのに、さらに売れなかったと思われる充電式アルカリ電池は究極のレアアイテムといえるでしょう。せめて、充電器だけでも見てみたいですね。

●ナショナルマロリー後のデュラセル
松下がP.R.マロリー社と提携を解消した後、P.R.マロリー社は主力アルカリ乾電池のブランド名から、「デュラセル」に社名変更します。1982年に今度は三洋電機(奇しくもパナソニック系)と提携し“三洋デュラセル株式会社”を設立、三洋とデュラセルのダブルネームでアルカリ乾電池が発売されました(ただし、電池自体は日本製でブランドを借りているだけだった)。これが日本におけるデュラセル初お目見えとなります。

マロリーというブランド名も日本においては(海外は不明)、マンガン電池のブランド名として続行されました。これはEvereadyとEnergizerの関係に似ていますね。ちなみに三洋提携時代はアルカリ乾電池とボタン電池のみでデュラセルブランドを展開し、水銀電池は発売されていなかった事を記憶しています(あくまで筆者の記憶上のお話)。
参考:三洋デュラセル時代に発売された、「マロリー」ブランドのマンガン電池
サビ腐っていますが、ちゃんと「SANYO」と「MALLORY」のロゴが表記されているダブルネームであることがわかります。2枚目の写真では「三洋デュラセル株式会社 営業本部」という文字も読み取れると思います。本社は赤坂にあったようですね。ちなみにこの電池は日本製、JISマーク表記“T-S”という表記から東芝電池のOEMだと考えられます。製造年は底板が錆びているため、読み取り不可能でした。

その後、1987年に三洋との提携を解消(三洋デュラセルは三洋エナジー鳥取、現・FDK鳥取が事業継承)、デュラセルは日本法人「デュラセル・バッテリージャパン株式会社」を設立し、デュラセル乾電池も発売が続行されました。一方、マロリーブランドのマンガン乾電池の販売も続行され、赤マンガンは「MALLORY SUPER」、黒マンガンは「MALLORY NEO SUPER」として発売されていました。ちなみに赤の「SUPER」、黒の「NEO SUPER」というブランドはデュラセル提携解消後の三洋マンガン電池も使用、2つの異なる会社が同じブランド名を使うという珍しい事例でした。三洋の「NEO SUPER」は現在でも100円ショップでよく見かける電池の一つです。

このデュラセル・バッテリージャパン時代で印象的だったのは「デュラセル・パワーチェック」でしょう。これは当時日本でも東芝電池などが売っていた(現在でも電池のおまけとしてよく見られる)、ペーパー型の電池チェッカーを電池に内蔵させたもので、押さえるだけで電池の残量が見えることがウリでした。しかし、周囲温度で残量が変わったり、相当な力で押さないと残量が表示されなかったことから、日本ではどこのメーカーもマネされること無く、フェードアウトしていきました。
参考:デュラセルパワーチェック
これはデュラセル・バッテリージャパン時代に発売されたものではなく、後に海外で発売されたもの(日本では単3と単4のみしか発売されなかった)。+側にある白い丸と−側にある白い部分を押さえるとゲージが上がって残量を確認できる。が、相当、力を入れないと出なかった記憶が…。ちなみにこれと同じ仕組みの電池を出していたのはアメリカの競合他社のEnergizer社。こちらはゲージ式でなく、「GOOD」という文字が浮き出るタイプだった。

そして、このパワーチェック発表後まもなくデュラセルはカミソリメーカーとして知られるジレット社に買収され、日本法人であるデュラセル・バッテリージャパンもジレットの日本法人と合併、そのジレットの日本法人の下でデュラセル乾電池は発売され続けましたが、まもなく日本市場から撤退します。

さらにジレットもプロクター・アンド・ギャンブル社(日本ではP&Gとして有名)に買収され、デュラセルはP&Gグループの一社となり現在に至っています。ちなみに現在はコストコホールセールなどで限定販売されているのみで、他は並行輸入などで入手出来る物のみになっています。現在の日本におけるP&Gの動向を見る限りでは再度デュラセルが電池事業を手がけることはゼロに近いでしょう。

●参考文献/リンク
Duracell - Wikipedia
→英語版ウィキペディアのデュラセルの項目。先に上げたように、創業からの歴史が掲載されている。

Samuel Ruben - Wikipedia
→英語版ウィキペディアのサミュエル・ルーベンの項目。

DURACELL
→日本、P&G社によるデュラセルの公式ページ。歴史では水銀電池の発明と思われる出来事が「補聴器用バッテリーを発明」とお茶を濁された表現になっている。

乾電池コレクション
→電池コレクターの間ではかなり有名なページ。ナショナルマロリー時代の水銀電池が見れるほか、デュラセル・バッテリージャパン時代のマロリーブランドのマンガン電池も見れる。

エナジー社 | Panasonic
→ナショナルマロリーの後身となるパナソニック株式会社 エナジー社の公式ページ。社史ではナショナルマロリーアルカリ乾電池の画像を見ることが可能。

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